Yehudi Menuhin Live Music Now 若いタレントコンサート

日曜日はポツダムで開かれた、若いタレントプロモーションコンサートにぷっちを連れて行って来た。

これは、1977にLord Yehudi Menuhin(誰? 後で調べよう)が設立した音楽団体のドイツ支部が主催するコンサートである。この団体は、音楽の持つヒーリング効果に注目し、普通にコンサートを訪れることのない人達を対象に、出張コンサートを開くことをメインの活動としている。主に、老人ホームや障害者施設、刑務所などでコンサートを催し、その際にこれからキャリアを積んで行く若い演奏家を起用することで有望なタレントの支援もおこなう。

今回は一般客向けのコンサートで、この団体から奨学金を得ているベルリンの三名の演奏家がポツダムの室内楽アカデミーオーケストラと共演した。

3名の演奏者は、Xiao XIao Zhu さん(ピアノ)、Christina Khosrowiさん(メゾソプラノ)とAnnedore Oberborbeckさん(バイオリン)

Zhuさんは、北京生まれのドイツ育ちの二十歳の男性。知性溢れる好青年で、最初の挨拶でこんなことを言っていたのが印象的だった。「僕は、これまで何度か小学校に出向いて演奏して来ました。小学生の頃というのは、音楽に対してとても高い感性を持っている時期だと思います。この時期に記憶に残るような音楽体験をするかどうかで、その先が変わって来るのではないでしょうか。このときに良い音楽体験ができなければ、生まれ持った感性は失われてしまうかもしれない。感動の記憶は人を目覚めた状態に維持してくれるのではないかと僕は考えています」

演奏したのはモーツァルトのコンチェルト KV413

しなやかで優しい繊細な演奏だった。ややインパクト小さめかな〜と感じたけれど、その辺りも含めてこれからの発展に期待しよう。

二人目のKhosrowiさん。この人は凄かった。190cmはあるかという長身で、すごい「目ヂカラ」。サン=サーンスのSamson et Dalilaからアリアを3曲披露。大拍手とブラヴォーが出た。

バイオリンのOberborbeckさんはエネルギッシュな演奏で、必ずしも私の好みの音色ではなかったが、ものすごいテクニック。曲目はラヴェルのTzigane。彼女は挨拶で、「私は障害者施設でコンサートをしたときにこんな体験をしました。障害者の方達はコンサートが初めてなので、どのように聴くのが慣習かということをご存知ありません。一人、立ち上がって演奏している私の横に立った方がいたので、驚きました。動じないフリをして弾き続けていると、そのうちにその方が私の演奏に合わせて歌い出したんです。そのとき、深い感動が私に沸き起こりました。音楽の持つ癒し効果や感動を多くの人に伝えたいです」と語った。

この3人のプロフィールを読むと、ピアノとバイオリンのお二人は幼少時にレッスンを始めて、10歳そこそこでソリストとして舞台に立ち、数々のコンクールで優勝経験を積んでいる。やっぱりねぇ〜、プロになるような人は違うなあ〜と感心していたのだが、歌の方のプロフィールはかなり違う。法学部出身で、国家試験に合格後、音大に入って歌の勉強をしたと書いてあった。そういえば、他のプロ歌手のプロフィールでも似たようなのを読んだことがある。

一口に音楽家といっても、プロへの道筋は楽器によって随分違うのね〜。

プログラムの第二部はオーケストラワークショップということで、室内楽アカデミーのオーケストラに混じって音楽学校の生徒やアマチュア演奏家が一緒にドボルザークのスラブ舞踊曲を演奏した。
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# by ongakunikki | 2008-04-09 19:32 | コンサート

練習状況

記録をサボっていたので、この辺でみんなの練習状況について。

バイオリン

キビキビ先生のやり方では、子どもはバイオリンを習い初めの頃はまずスズキ式の略式(?)の弓の持ち方を教わる。それでしばらく練習して、正式の持ち方に耐えられそうだと先生が判断した時点で正式の持ち方に変わるらしい。

たろっぴはわりと早い時期に正式な弓の持ち方を教わったが、ぷっちはこの移行に結構苦労していた。この2ヶ月くらい、右手の練習のため、とうに出来るようになっている簡単な曲を何度も復習させられて、ちょっと泣きが入っていたのだが、ようやくそれもマスターしたので、念願の新しい教本、Fast Forwardに進めることになった。少し前からたろっぴが取り組んで来た別の教本も始められることになり、ヤッターと喜ぶぷっち。

ところが、たろっぴは来週から2nd. および3 rd.ポジションの練習を始めることになり、せっかく追いついて来たと思ったら再び大きな溝を開けられてしまうことに。年齢に開きがあるとどうしてもね........


ピアノ

ドイツでは一般的に、「音楽は楽しく」をモットーに、あまり無味乾燥な練習を生徒に押し付けるべきではないという考え方があるらしく、曲は練習させてもテクニック練習を勧めるのをためらう先生が多いそうだ。

「あんまり技巧ばかり重視するのもね」とハゲツル先生も以前から言っていたが、そうはいってもやっぱりテクニック練習も少しはした方がいい、もし生徒が嫌がらないようであれば、ということで、ぷっちにはEdna-Mae Burnamの「 A Dozen A Day」というテクニック教本を奨めてくれた。幸い、ぷっちはこの練習が今のところ面白いらしく、喜んでやっているのでよかった。

私とたろっぴには、Rehberg編纂のエチュード教本。ツェルニーを始め、いろんな作曲家のエチュードが取り混ぜてある。「ハノンよりは楽しいと思いますけど......」と恐る恐る。ま、私はなんでもやりますよ!

私のレッスンの方は、も〜課題があまりに多くてレッスンではせいぜい3曲しか見てもらえないので、どの曲もなかなか進まない。連弾も始まったので、どうしてもそれに時間が取られちゃう。

連弾はメンデルスゾーンの無言歌集で、第一曲目はプリモはとても簡単だが、なにしろ連弾という体験そのものが私には初めてなので、初回は全然合わせられなくて困っちゃった。今日のレッスンではうまく行ったので、とても楽しかった。

「いやァ。楽しいネェ、すっごく!」と先生まで言ったので、ビックリした。ヘタクソな私と連弾しても先生は苦痛なだけなんじゃないのかな?と思ってたので........

「普段のレッスンのときはね、ボクがここをこうしてとかああしてと言って、それをイメージしながら弾いてもらうでしょ。でも、連弾だと口であれこれ言わなくても、ボクの演奏を感じて反応してくれるから、ホントにいいですよ。やっぱり音楽ってそういうものですよネ。口で伝えるには限界があるけど、体で感じてもらえればうまく伝えられるんですよね」

なるほど〜。確かに、人と一緒に演奏するのって一人で弾くのとは全然違う体験だと思う。自分はたいして複雑なことをしていなくても、周りの音に共鳴する感動があるな〜と思った。
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# by ongakunikki | 2008-04-07 23:22 | 練習記録

音楽が行動に及ぼす影響

音楽というのは人間に対していろんな効果をもたらすものらしいが、こんな話を聞いた。

ワインを売るお店でクラシック音楽をBGMとして流すと、ワインがよく売れる。クラシック音楽には、「上品、上流階級、洗練」というイメージがあるから、客はなんとなく「ワインを買う自分は上品な人間」と感じ、買ってしまうのだそうだ。

また、同じ店でも、フランスの音楽をかけたときとドイツの音楽をかけたときでは、明らかにフランスの音楽をかけたときの方がワインの売れ行きが良い。

バーで音楽を流すのも、「音楽を流すと人はより多くお酒を飲む」からだそう。

店で客の回転を速くするためには、速いテンポのBGMを流すとよい。知らず知らずのうちに客はせき立てられる。

ドイツの都市では、中央駅周辺というのは大抵ドラッグディーラーなどの溜まり場になっていて、治安が悪い。そこで、ハンブルク市では駅の構内でクラシック音楽を流すようにしたそうだ。クラシック音楽の雰囲気はドラッグとは馴染まない。居心地が悪くなって、ディーラー達はいなくなった。

音楽はもちろん脳に作用するので、その結果人の行動が変わって来るというのは不思議のないことだよね。

家でどんな音楽を流すかで、家族の行動も変わって来るのかな〜なんて思った。
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# by ongakunikki | 2008-03-31 15:20 | 音楽メモ

子どものためのジャズ

今の私と子ども達のお気に入り。

「子どものためのジャズ」

CDつき絵本。

ハゲツル先生のお奨め。何故かっていうと、絵を描いてるのはハゲツル先生のお兄さん。お兄さんのPeter Friedlさんは画家(グラフィックス)で、子どもの絵本などもたくさん手がけている。

絵本の方は、ジャズの歴史をわかりやすい文章で紹介するもの。CDは「フレールジャック」をいろいろなジャズにアレンジしてある。コルトレーン風、エヴァンズ風、デイヴィス風、ベーカー風など。とっても楽しく出来ている。

「同じ曲がこんなにいろんなふうにアレンジできるんだね〜」とたろっぴは感心して、早速キーボードでいろんなリズムを出して見ている。たろっぴはバッハのジャズアレンジも大好きだし、これから世界が広がるかもしれない。

ティーンエイジャーだけど、何故か最近のロックは苦手なのだそうだ。ロックは好きだけど、どっちかというと古好みでDave Edmondsとか気に入っているんだって。今晩はYou Tubeで私の懐メロをいろいろ探してたろっぴと一緒に聴いた。クラプトンなど紹介したら、「いいね〜」とわかってもらえた。

私のベッドの上に寝転がってふたたび子どものジャズのCDを聴きながら、そのまま眠ってしまったたろっぴであった。
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# by ongakunikki | 2008-03-30 06:49 | CD/DVD

たろっぴデジタル化

少し前から音楽HPを作りたいと言っていたたろっぴ。

パパのお下がりの古いiMacや自分のキーボードではそれができないので、何ヶ月も悩んでいたが、思いきって貯めてあったお年玉で新しいキーボードを購入した。コンピューターの方はパパがeBayで掘り出し物を見つけて買ってくれた。

機材が揃って大喜びのたろっぴ。このイースター休暇は地下室に籠って実験している。

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まだまだ試運転の段階なので、HP作りに入るのはもうちょっと先の話だけど、どんなものができるか楽しみだ。

小学校に上がると同時にピアノを始めて、途中にはほとんど練習しない時期もあったし、引っ越しで中断したこともあったし、いつまで続けられるものかなあと思いながら見て来たけど、去年からバイオリンも弾いているし、こうして自分でキーボード買っていろいろやり出したところをみると、音楽はたろっぴの趣味として確立されたのだろう。

どんなかたちでも構わないから一生の楽しみであって欲しいな。
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# by ongakunikki | 2008-03-26 19:36 | 練習記録

ハーモニー

金曜日は子ども達とFazil Sayのコンサートに行く予定だったが、ホールから連絡があり、アーチストが病気のため5月に延期になったと言われた。楽しみにしていたので残念。

ーーーーーー

ハーモニーに関してちょっと興味深い話を聞いた。かなり専門的で難しくて完全には理解できなかったのだが、わかったところだけちょっとメモ。

異なる2音の組み合わせを、美しいと思ったり、不快だと思うのは個人の嗜好の問題ではなく、ヒトの認知能力によるのだそうで、音響学的に説明できる。

ヒトの耳は、周波数がうんと近い二つの音を同時に聴いたときに、それを二つの音として認知することが出来ず、一つの音が「にじんだ」ように聞こえる。周波数がある一定以上の間隔になったときにはじめて二つの音としてとらえることができるが、間隔が充分広くないと不快に感じる。ピアノの隣同士の音を同時に弾くと嫌な感じがするのはそのせいだったのか。

しかしここで疑問が沸いて来る。オクターブの分割の仕方は世界中で共通ではない。ヨーロッパとアラビアやインド、アジアの音階はそれぞれ違う。沖縄の音階も独特だが、西洋音楽に慣れた人の耳には珍しく聞こえても、それぞれの音楽特有のハーモニーとして機能していて、不協和音ではない。

西洋音楽の音階が物理的、数学的にきちんと説明できる作りになっているのなら、それとは全然違う音階が存在するのはどういうわけなのだろう?

それは、使用される楽器によるのだそうだ。例えばインドネシア固有のガムラン音楽の響きは西洋音楽とは全く違うが、そこで主として使われる楽器は金属の円盤で打楽器である。この円盤を叩いたときに起こる空気の振動は、弦楽器の弦を弾いたときのそれとは全然異なるらしい。

何がどういうふうにというところまでは理解できなかったが、音響学的に異なる仕組みなので、ヒトの認知も変わり、ガムラン音楽のハーモニーはあれで正しいのだということだ。
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# by ongakunikki | 2008-03-17 03:14 | 音楽メモ

叱られたぷっち

今日は子ども達のバイオリンレッスン。

迎えに行ったら、キビキビ先生が「たろっぴはとてもよく練習して来ました」と褒めてくれた。

でも、ぷっちは叱られていた。前回注意したことが直っていないと。

「私のところで習うなら、言われたことをきちんとしなさい。いい加減にするなら、他の先生のところに行きなさい。言われたことがちゃんとできるようになるまで教本は先に進みませんよ」と厳し〜いお言葉。

ぷっちはしゅんとしてカーテンの陰に隠れてしまったのだが、それを見た先生は笑顔になって、

「厳しいことを言うようでごめんね、ぷっち。でもね、MくんもFちゃんも、みんなぷっちのように弾きたいと言ってるのよ。ぷっちが上手に弾くから、他の子達もがんばるようになったの。だから、ぷっち、しっかりして!」

エヘへ〜とニヤニヤしながらぷっちがカーテンの陰から出て来た。

他の子を引き合いに出すのはちょっとどうかと思うんだけれど、キビキビ先生はぷっちに期待してくれている。

それがプラスの作用をするといいんだけど〜。

土曜日は追加レッスン。今度は叱られないように頑張れるかな?
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# by ongakunikki | 2008-03-07 02:28 | 練習記録

宿題多すぎ〜

ピアノの宿題、4曲も5曲もあると、一曲に30分かけたら2時間以上練習しなくちゃいけなくて、今はとても無理。

だから、どの曲も進歩が遅くてなかなか上がらない〜。

今週のレッスンでは、

ブルクミュラー 「貴婦人の乗馬」はテンポが狂いやすいので、メトロノーム練習。

バッハ 小プレリュード 「良い感じに弾けて来てるので、あと1週間練習して、来週のレッスンでは解釈を考えてみましょう!」

メンデルスゾーン 「ベネツィアの舟歌」 ようやくそれっぽく弾けるようになって来た〜。ヒィヒィ。

ショパン 「ワルツ」 まだたどたどしい〜。


こんなに課題があるというのに!

さらに、メンデルスゾーン「無言歌集」op.69 の1番(連弾)と、グリーグの「叙情小曲集」から「ワルツ」が宿題に出た。。。。。

センセ、鬼!
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# by ongakunikki | 2008-03-05 16:05 | 練習記録

音は身体の中にある

最近読んでとても面白かった本。

茂木健一郎/江村哲二 音楽を「考える」

内容が濃くてとてもまとめられないので、まえがきの中から特に示唆に富んでいると感じた部分をメモっておく。

ーーーー引用開始ーーーーーー

 いま存在しないものを新たに生み出す「創造」ということ。そしてその能力を備えた私たちの「創造性」ということを考えていると、ちょっと不思議な気分になります。
 私たちは必ずひとりで生まれてきます。母のお腹からおぎゃあと生まれたその瞬間からその人はその人の環境によって育っていきます。その人とまったく同じ環境を持った他人は存在しません。一方、音楽にかぎらず芸術活動の厳選は自己表現欲求です。そしてその表現欲求というものもその環境から生まれているものと考えると、誰ひとりとしてまったく同じ環境を持った他人は存在しないわけですから、誰しもがその人なりの独創性-創造性を備えた存在が私たちヒトではないかと思えます。
 私は作曲という創造的な営みを行っているうちに、このような楽曲を書いている自分と言う存在が大変不思議に思えてきました。この楽想、このアイディアは一体どこから来るのだろう。その答えは簡単です。自分の脳内にある神経細胞からです。それ以外にありません。しかし、その網状の神経細胞からなぜそのようなことが起きるのか。なぜ音楽が頭の中で響き渡るのか、そもそも空気の振動としての音ではない、脳内にあるいわば仮想としての響きを聴いているということは一体どういうことなのか。それが不思議でなりませんでした。

(中略)

 冒頭に、いま存在しないものを新たに生み出す「創造」ということ、と書きましたが、私たちの創造性はそんな神様みたいなことではなく、自分自身が現実の世界に在るものを見たり聴いたりしたことによる経験の積み重ねによって培われた資源が、脳内に長期記憶として蓄えられ、それが何らかの外部刺激によって想起され、そのときにその複数が組み合わさることで元のかたちが変貌して意識の中に創発されているらしいということも分かってきました。すると、作曲するということはそれを「聴く」ということにほかならないことになります。


ーーーーーー引用終わりーーーーー

作曲するということは、自分の中にある音を聴くことだとすれば、演奏するということもやはり自分の中の音を聴くことなのだろう。

そして、人が奏でた音楽を聴いて感動するということもやはり、耳から入ってきた音と自分の内なる音を重ね合わせているのだろうと思った。
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# by ongakunikki | 2008-02-27 03:55 | 音楽メモ

高瀬アキさんのライヴ

一度聴いてみたいと思っていたベルリン在住のジャズピアニスト、高瀬アキさんのライヴに行って来た。

ジャズのステージは始まるのが夜遅いので、なかなかベルリンまで聴きに行くことができずにいたが、昨日はポツダムのホールで夜9時からの演奏だったので、ようやく実現。それでもかなり遅い時間だから、子ども達は誘わず私一人で。楽しみだった。

が、ここでショックなことを書かなければならない。

演奏が始まった瞬間、驚きのあまり、身体が硬直してしまった。あのような演奏をするピアニストは全く初めてだったので........

最前列のピアノの真横に座ったので、身体の動きがよく見えたのだが、まず、腕と指の動きにビックリ。肘から手までがピンと張っていて、もの凄い指先の力で鍵盤を叩いているように見えた。打楽器的な奏法?(って、ピアノはもともと打楽器か......)

一般的な意味での硬質な音ともまた全然違って、何といったらいいのかな。硬直?しなやかさというものとは対極にあって、とにかく、私がこれまでに抱いて来たピアノという楽器に対するイメージが完全にバラバラになってしまうほどの衝撃だった。

これまでもジャズライヴは結構聴いたんだけど、そのどれとも似ていない。ゲンコツは出る、肘は出るの仰天奏法。

今回のライヴは「ファッツ-ウォラー プロジェクト」というものだったが、ピアノだけでなく他の楽器のプレーヤーも含めた全体の音が私にはかなりショックなもので、また、ボーカルの声も好きになれず........

逃げ出したくなったコンサートというのは生まれて初めてかも。そして実際に、耐えきれずに休憩のときに帰って来てしまった(爆)だって、まったくリラックスできなくて〜。

もちろん、高瀬アキさんは欧州では絶大な人気と高い評価を誇る演奏家で、私がこう書いたからといって、彼女の芸術性を否定するものでは決してない。まあ、私にはわからなかったということかな。

こういう経験もまた、何かの役に立つのかもしれない。
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# by ongakunikki | 2008-02-25 17:21 | コンサート