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Jugend musiziert 入賞者コンサート

私たちの住んでいる村の教会で、Jugend musiziertという全国青少年音楽コンクールのブランデンブルク州大会入賞者のコンサートがあった。

入場は無料だったので行ってみたのだが、お客さんは多分演奏者の家族のみでおじいさんおばあさんが多く、こじんまりとしていた。

演奏を発表したのは、州大会の入賞者全員ではなく、アンサンブル部門と歌だけだったから、残念ながらバイオリンやピアノはなし。年齢は中学〜高校生くらい。服装は上下黒、もしくは上が白に下が黒で統一していたが、セーターにズボンという感じでカジュアルで、ドレスやスーツで正装というのではなかった。日本だと、幼稚園児でも発表会にドレスを着るけど、随分違うものだ。

演奏したのは、ポツダムの公立音楽学校のリコーダークインテット、コットブスのコンセルヴァトリウムのアコーデオンデュオおよびクインテット、クラインマクノウ市音楽学校からバリトンソロの青年、もう一つはこのコンクールとは別の地元のコンクールCaputher Musikenコンクールで入賞した管楽器のクインテット。

リコーダーというと、日本では音楽の時間に習うので、お金を出して習いに行くというのが私はあまりピンと来ていなかったけれど、聴いてみるととても綺麗だった。リコーダーもあんなに芸術的に演奏できるんだなあ。学校の音楽の時間では一人一人に丁寧な指導は無理だから、吹くだけで終わってしまうのはしかたがないが。

特に最後の曲は現代音楽で、森の音をリコーダーやいろんな道具を使って表現していて大変創造性豊かで感動した。

アコーデオンはデュオの方もクインテットも演奏レベルが高くてびっくり。後でコットブスのコンセルヴァトリウムのHPを見てみたら、この音楽学校は毎年多数のコンクール入賞者を出しているようだ。

バリトン青年はモーツァルトのArie des Papageno を含む3曲を披露してくれた。素晴らしい表現力でとても楽しめた。Johannes Dunzさんという名前の人。音楽性はもちろんのこと、長身でイケ面でもあるので、もしかしたら売れるかもしれない。今後に注目☆


これら演奏者は近々全国大会に出場する。みなさんに頑張って欲しいな。陰ながら応援していよう。
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by ongakunikki | 2008-04-27 15:57 | コンサート

脳と音楽

私の大好きなドイツの脳科学者、マンフレッド=シュッピッツァー氏のこれを聴いた。

Mozarts Geistesblitze Wie unser Gehirn Musik verarbeitet(モーツァルトの脳の稲妻 脳が音楽を処理する仕組みとは?)

モーツァルト個人の脳を云々しているわけではなく、人の脳にとって音楽とは何か?「音楽する」ことで脳内では何が起こっているかを解説したCD。

いつもながらシュピッツァー先生の話は面白く、わかりやすい。私が特に面白かった点は以下の通り。

* 音楽は「脳」で起こる。音というのはそもそも空気の振動だけれど、音楽を聴き、創り、学ぶという行為をするのは脳。音楽体験において耳という器官が為す部分はごく小さな一部分に過ぎず、脳内のあらゆる部位を活性化することで音楽体験が起こる。

* 脳には「音楽野」という特定の部位があるわけではない。音楽にはリズム、ハーモニー、メロディーといった様々な要素があり、感情に働きかけ、記憶と密接に関っている。そのため、脳内の非常に多くの部位が同時に活動する。

* 音楽体験は常に時間の経過の中で起きる。聴覚情報を処理するワーキングメモリーの容量は限られていて、普通の人では大体5〜8秒間しか音を記憶することができない。音楽にはフレーズがあり、フレーズの長さが大体決まっているのは脳のワーキングメモリー容量に対応しているのだ。(曲を一度聴いただけで全部覚えてしまうような人の脳はもしかして別?このへんはまだよくわかっていないらしい)

*音楽は、同じものでも聴く人によって違って聴こえる、もしくは違って感じられる。これは人によって脳が違うから。個人個人の異なる経験がその人の脳を形作っているため、それぞれの脳内で音楽は異なったかたちで体験される。(同じ人でも、時間の経過の中でどんどん脳は変化するんだから、聴くときによって違って聴こえるのは当然だし、また、聴くという行為そのものによってふたたび脳は変化するということかな?)

*良い音楽を聴くと「鳥肌が立つ」。これはどういうことか?実際に音楽を聴いて鳥肌を立てている人の脳をスキャンしてみると、肯定的な感情をつかさどる部位が活性化しているのがわかる。良い音楽はドーパミン系を活性化させると同時に、否定的な感情をつかさどる扁桃核を不活性にする。扁桃核は「不安、恐れ」を処理する部位で、ここが遮断されてしまうので、良い音楽を聴いているときには人は「良い気分」でいられる。

* 「音楽は右脳で処理される」という定説は必ずしも正しくない。どのように音楽を聴くかで脳の使われ方が変わって来る。音楽を分析的に聴く人(音楽を専門的に学んだ人の多く)は左脳を良く使い、音楽を全体的に聴く人(素人や子ども)は右脳を使っていることが多い。

* かつて、プラトンは言った。「まともな人間に育つために必要なものは二つ。それはスポーツと音楽だ。スポーツばかりに偏ると、感性の鈍い人間になる。音楽ばかりに偏るとナヨナヨした人間になる。大事なのはバランスだ」人間の健全な成長に音楽とスポーツが欠かせないというのは、それから2500年ほど経った今も変わっていない。しかし、現代の教育において音楽は軽視される傾向にある。スポーツは「健康のため」という理由で奨励されているが、「算数や理科ができれば音楽なんてやらなくてもよい」と考える風潮が強い。

 しかし、音楽は子どもの成長に多くのメリットをもたらすものだ。音楽は一人でするよりも人と一緒にする方が楽しく、競争ではなく人と協力することで何かを生み出すという経験ができる。また、積み重ねによる進歩を必ず感じることができる。音楽は「学ぶことを学ぶ」のに役に立ち、人との関り方を学ぶのにも役に立つ。そして楽しい。


よ〜するに、嫌がる子どもに無理強いするような行為はさておき、音楽はとっても心と体とそして頭にも良いってことだ。

「どうせ才能がないから」と言って音楽体験をしないのは、とっても勿体ない。
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by ongakunikki | 2008-04-15 17:17 | 音楽メモ

Yehudi Menuhin Live Music Now 若いタレントコンサート

日曜日はポツダムで開かれた、若いタレントプロモーションコンサートにぷっちを連れて行って来た。

これは、1977にLord Yehudi Menuhin(誰? 後で調べよう)が設立した音楽団体のドイツ支部が主催するコンサートである。この団体は、音楽の持つヒーリング効果に注目し、普通にコンサートを訪れることのない人達を対象に、出張コンサートを開くことをメインの活動としている。主に、老人ホームや障害者施設、刑務所などでコンサートを催し、その際にこれからキャリアを積んで行く若い演奏家を起用することで有望なタレントの支援もおこなう。

今回は一般客向けのコンサートで、この団体から奨学金を得ているベルリンの三名の演奏家がポツダムの室内楽アカデミーオーケストラと共演した。

3名の演奏者は、Xiao XIao Zhu さん(ピアノ)、Christina Khosrowiさん(メゾソプラノ)とAnnedore Oberborbeckさん(バイオリン)

Zhuさんは、北京生まれのドイツ育ちの二十歳の男性。知性溢れる好青年で、最初の挨拶でこんなことを言っていたのが印象的だった。「僕は、これまで何度か小学校に出向いて演奏して来ました。小学生の頃というのは、音楽に対してとても高い感性を持っている時期だと思います。この時期に記憶に残るような音楽体験をするかどうかで、その先が変わって来るのではないでしょうか。このときに良い音楽体験ができなければ、生まれ持った感性は失われてしまうかもしれない。感動の記憶は人を目覚めた状態に維持してくれるのではないかと僕は考えています」

演奏したのはモーツァルトのコンチェルト KV413

しなやかで優しい繊細な演奏だった。ややインパクト小さめかな〜と感じたけれど、その辺りも含めてこれからの発展に期待しよう。

二人目のKhosrowiさん。この人は凄かった。190cmはあるかという長身で、すごい「目ヂカラ」。サン=サーンスのSamson et Dalilaからアリアを3曲披露。大拍手とブラヴォーが出た。

バイオリンのOberborbeckさんはエネルギッシュな演奏で、必ずしも私の好みの音色ではなかったが、ものすごいテクニック。曲目はラヴェルのTzigane。彼女は挨拶で、「私は障害者施設でコンサートをしたときにこんな体験をしました。障害者の方達はコンサートが初めてなので、どのように聴くのが慣習かということをご存知ありません。一人、立ち上がって演奏している私の横に立った方がいたので、驚きました。動じないフリをして弾き続けていると、そのうちにその方が私の演奏に合わせて歌い出したんです。そのとき、深い感動が私に沸き起こりました。音楽の持つ癒し効果や感動を多くの人に伝えたいです」と語った。

この3人のプロフィールを読むと、ピアノとバイオリンのお二人は幼少時にレッスンを始めて、10歳そこそこでソリストとして舞台に立ち、数々のコンクールで優勝経験を積んでいる。やっぱりねぇ〜、プロになるような人は違うなあ〜と感心していたのだが、歌の方のプロフィールはかなり違う。法学部出身で、国家試験に合格後、音大に入って歌の勉強をしたと書いてあった。そういえば、他のプロ歌手のプロフィールでも似たようなのを読んだことがある。

一口に音楽家といっても、プロへの道筋は楽器によって随分違うのね〜。

プログラムの第二部はオーケストラワークショップということで、室内楽アカデミーのオーケストラに混じって音楽学校の生徒やアマチュア演奏家が一緒にドボルザークのスラブ舞踊曲を演奏した。
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by ongakunikki | 2008-04-09 19:32 | コンサート

練習状況

記録をサボっていたので、この辺でみんなの練習状況について。

バイオリン

キビキビ先生のやり方では、子どもはバイオリンを習い初めの頃はまずスズキ式の略式(?)の弓の持ち方を教わる。それでしばらく練習して、正式の持ち方に耐えられそうだと先生が判断した時点で正式の持ち方に変わるらしい。

たろっぴはわりと早い時期に正式な弓の持ち方を教わったが、ぷっちはこの移行に結構苦労していた。この2ヶ月くらい、右手の練習のため、とうに出来るようになっている簡単な曲を何度も復習させられて、ちょっと泣きが入っていたのだが、ようやくそれもマスターしたので、念願の新しい教本、Fast Forwardに進めることになった。少し前からたろっぴが取り組んで来た別の教本も始められることになり、ヤッターと喜ぶぷっち。

ところが、たろっぴは来週から2nd. および3 rd.ポジションの練習を始めることになり、せっかく追いついて来たと思ったら再び大きな溝を開けられてしまうことに。年齢に開きがあるとどうしてもね........


ピアノ

ドイツでは一般的に、「音楽は楽しく」をモットーに、あまり無味乾燥な練習を生徒に押し付けるべきではないという考え方があるらしく、曲は練習させてもテクニック練習を勧めるのをためらう先生が多いそうだ。

「あんまり技巧ばかり重視するのもね」とハゲツル先生も以前から言っていたが、そうはいってもやっぱりテクニック練習も少しはした方がいい、もし生徒が嫌がらないようであれば、ということで、ぷっちにはEdna-Mae Burnamの「 A Dozen A Day」というテクニック教本を奨めてくれた。幸い、ぷっちはこの練習が今のところ面白いらしく、喜んでやっているのでよかった。

私とたろっぴには、Rehberg編纂のエチュード教本。ツェルニーを始め、いろんな作曲家のエチュードが取り混ぜてある。「ハノンよりは楽しいと思いますけど......」と恐る恐る。ま、私はなんでもやりますよ!

私のレッスンの方は、も〜課題があまりに多くてレッスンではせいぜい3曲しか見てもらえないので、どの曲もなかなか進まない。連弾も始まったので、どうしてもそれに時間が取られちゃう。

連弾はメンデルスゾーンの無言歌集で、第一曲目はプリモはとても簡単だが、なにしろ連弾という体験そのものが私には初めてなので、初回は全然合わせられなくて困っちゃった。今日のレッスンではうまく行ったので、とても楽しかった。

「いやァ。楽しいネェ、すっごく!」と先生まで言ったので、ビックリした。ヘタクソな私と連弾しても先生は苦痛なだけなんじゃないのかな?と思ってたので........

「普段のレッスンのときはね、ボクがここをこうしてとかああしてと言って、それをイメージしながら弾いてもらうでしょ。でも、連弾だと口であれこれ言わなくても、ボクの演奏を感じて反応してくれるから、ホントにいいですよ。やっぱり音楽ってそういうものですよネ。口で伝えるには限界があるけど、体で感じてもらえればうまく伝えられるんですよね」

なるほど〜。確かに、人と一緒に演奏するのって一人で弾くのとは全然違う体験だと思う。自分はたいして複雑なことをしていなくても、周りの音に共鳴する感動があるな〜と思った。
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by ongakunikki | 2008-04-07 23:22 | 練習記録